別名称一覧:Boston Food Riots,Roxbury Food Riot 登録する
作成日:2016年08月16日 22時21分
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1.名無しさん2016年08月16日 22時21分
2077年10月22日曜日に市民がロックスバリー・フードバンクを襲った暴動事件。

食糧事情が極度に悪化していたボストンにて、配給の列を作る市民らがロックスバリー・フードバンクの窓を破り中に侵入。
鎮圧に駆け付けた米陸軍歩兵第184連隊の兵士が非武装の市民に銃を発砲し、死者4名、負傷者8名を出す惨事に発展した。

陸軍広報担当官ジョナサン・コーマンは「軍は何度も口頭による警告を行った」として暴徒鎮圧の正当性を発表したが、現場にいた市民ハンナ・ヘンリーは「兵士が笑いながら誰を最初に撃つか話していた」という証言をしており、最終戦争直前のアメリカ国内の混乱ぶりを如実に物語っている。
2.名無しさん2016年08月18日 03時22分
本来フードバンクとは、品質に問題がないにもかかわらず
市場で流通出来なくなった食品、所謂訳あり品を、寄附してもらい
困窮者などに配給する活動およびその活動を行う団体の事……なのだが
状況を見る限り、困窮者向けどころか一般市民が食料を手に入れられる貴重な場所と化していたようだ。
3.名無しさん2016年08月18日 03時40分
尚この事件についてはボストンビューグル・ビルディングターミナルで閲覧可能である。気になる方はそちらで参照されたし
4.名無しさん2016年08月18日 18時35分
当時のグラハム暫定知事が発令した外出禁止令はいつ発令されたか不明確なままだが、核攻撃を受ける前日まで市内に多数の市民がいた事を考えると、この事件が一因になった可能性が大いにある。

中国軍工作員が潜伏している、という情報を元にガッツィー等のロボットソルジャーまで動員したようだが、暴動を扇動した者がいたのか、又は事態の沈静化を急ぐために打った強行策だったのかは判らない。

コンコードサンクチュアリは対象外のはずだが、結果的に屋内で被爆した人は多く、倒壊を免れた建物内にいた人々が後に大量のフェラルグールと化す事になる。
なお、この外出禁止令は戦後210年経った今でも解除されていない。
5.名無しさん2016年08月18日 18時48分
実際ボストン沿岸には原潜が潜んでいて、辺境の地の筈のポイントルックアウトにもスパイの秘密バンカーが設置されていたり、アメリカ首都であるキャピタルに至っては、工作員が多数浸透しており、彼らの成れの果てや、中華アサルト中国軍:特別軍事作戦訓練用マニュアルといった装備があっちゃこっちゃに転がっている末期もいい所な状態だったのだからこの判断もやむなしだったのだろう。

ちなみにポイントルックアウトターミナルに残された情報によれば
当局が共産党のスパイと睨んだ人物を、政府上層部がかばっていたような
記述が見られる。下手をするとこの暴動でさえ、治安関係者からしたら中国軍の工作員が引き起こしたと疑われていたのかもしれない。
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